僕は悪くない。
だから、絶対に「ごめんなさい」は言わない。言うもんか、お父さんなんかに。「いい加減に意地を張るのはやめなさいよ。」
お母さんは呆れ顔で言うけど、謝る気はない。先に謝るのはお父さんの方だ。
確かに、一日三十分の約束を破って、夕食が終わった後もゲームをしていたのは、良くなかった。だけど、セーブもさせないで、いきなりゲーム機のコードを抜いて電源を切っちゃうのは、いくらなんでもひどいじゃないか。
「何度言っても聞かなかったんだから、しょうがないでしょ。今夜お父さんが帰ってきたら、ちゃんと謝りなさいよ。いいわね。」
お母さんはいつもお父さんの味方に付く。
やあだよ、と言い返す代わりに、僕はそっぽを向いた。お父さんに叱られたのは、昨夜。丸一日立っても「ごめんなさい。」を言わなかったのは新記録だった。
「いい。今夜のうちに謝って、仲直りしときなさいよ。明日から「お父さんウィーク」なんだから、喧嘩したままだとつまらないでしょ、ひろしだって。」
毎月半ばの一週間ほど、お母さんは仕事が忙しくて、帰りがうんと遅くなる。その代わり、お父さんが夕食に合わせて早めに帰ってくる。それが「お父さんウィーク」だ。
「お父さん、ひろしが良くないことをしたら叱るけど、ひろしのことが大好きなのよ。わかるでしょう。今朝も、「ひろしは、まだすねてるのか。」って、落ち込んでたのよ。」
ほら、そういうところが嫌なんだ。僕はすねてるんじゃない。お父さんと口を聞きたくないのは、そんな子供っぽいことじゃなくて、もっと、こう、なんて言うか、もっとー。
「「特製カレーを食べれば、機嫌も直るさ。」って張り切ってたから、晩ご飯の前にお菓子食べたりしないでよ。」
「またカレーなの。」
「文句言わないの。だったら自分で作ってみれば。学校で家庭科もやってるんでしょ。六年生になったのに、遊んでばかりで家のことちっともしないんだから、全く、もうー。」
お母さんはいつだって、お父さんの味方だ。
それが悔しかったから、何があっても絶対に謝るもんか、と心に決めた。
「お父さんウィーク」の初日、お父さんは、早速特製カレーライスを作った。
「ほら食べろ、お代わりたくさんあるぞ。」
と、ご機嫌な顔で大盛りのカレーをぱくつく。
でも、お父さんは料理が下手だ。じゃがいもや人参の切り方はでたらめだし、芯が残っているし、何よりカレーのルウが、甘ったるくて仕方ない。
カレー皿に顔を突っ込むようにしてスプーンを動かしていたら、お父さんが、「まだ怒ってるのか。」
と、笑いながら言った。
「ひろしも結構根気あるんだなあ。」
根気とは、ちょっと違うと思う。どっちにしても、返事なんか、しないけど。
「この前、いきなりコードを抜いちゃって、悪かったなあ。」
あっさり謝られた。最初の予定では、これで僕も謝れば仲直り完了。ーのはずだったけど、僕は黙ったままだった。
「でもな、一日三十分の約束を守らなかったのは、もっと悪いよな。」
分かってる、それくらい。でも、分かってることを言われるのが一番嫌なんだってことを、お父さんは分かっていない。
「で、どうだ。学校、最近面白いか。」
ああ、もう、そんなのどうだっていいじゃん。言葉がもやもやとした煙みたいになって、胸の中に溜まる。
知らん顔してカレーを食べ続けたら、お父さんもさすがに諦めたみたいで、そこからはもう話仕掛けてこなかった。
「お父さんウィーク」の初日は、そんなふうに、おしゃべりすることなく終わった。