hegoeshard

数年前のことだ。下宿生が多く暮らす東京のある街の喫茶店に初めて立ち寄った。客はコーヒーの香りを楽しみながら読書に没頭している。とても静かで居心地がいい。若い男女もいたのだが、会話は一切ない。店のルールなのだろう。卓上にはノートが置いてあった。

 

必要なときには、声を出さずに筆談で、ということらしい。暇にまかせてページをめくっていると……。男性が女性に交際してほしい、とまさかの告白。「ごめんなさい」「急に言われても」と、戸惑う女性の言葉が記されていた。シネマみたい。男性の振る舞いも分かる気がする。多分、口下手なのだろう、と共感した。

 

▼13県で緊急事態宣言が延長されて初めての週末だ。都内では早咲きの桜がほころび始めた。春宵一刻値千金。街に繰り出し、酒食を楽しみたい気分にもなる。宣言の期限は残り1週間だ。感染を収束させたい。会話を控え、食事をいただく「黙食」の作法も必要か。などと考えていたら、あの店の記憶がよみがえった。

 

久しぶりに再訪した。新しいノートの表紙には「何でも自由にお書きください」。就活生が「将来の夢がなく、現実逃避してます」と、春愁をつづっていた。その気持ち、分かる。見ず知らずの人々が静かに思いを伝えあい、黙って立ち去る。こんな飲食空間の需要は、結構あるのかもしれない。不思議と心が癒やされた。

 

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