歴史の事典を開いてみると「火」と人類のかかわりについて、かなり長い説明がある。いわく「漁業のいさり火や焼き畑農業に代表されるように生産手段のひとつとしてきた」。むろん、調理に照明、暖をとる手段など、生活の上にもたらした効用も、はかり知れない。
▼古来、通信や金属の加工、さらに戦争の場でも欠かせなかった。一方で、象徴的な役割も担う。宗教施設などで歳月を経て守られる火は、連綿と教えが受け継がれているさまを示す。オリンピックの聖火にも、そんな一面があるのだろう。「平和の祭典」の理念を多くの人が共有できるよう順々にともし続けられるわけだ。
▼早春の福島から、真夏の首都へ。4カ月にわたる東京五輪の聖火リレーが、きのうスタートした。新型コロナウイルスの感染対策を施しつつ、47都道府県で1万人が参加するという。859もの自治体をめぐる長大なルート。果たして、無事完走できるか。折から、感染者数が過去最多となった県がいくつか出てきている。
▼前途は多難かもしれない。事典に戻れば、火は、いにしえから疫病を払い周囲を浄化させるとも信じられてきた。小正月の「どんど焼き」といった行事に名残がある。今回の聖火は五輪の理想の浸透という役目に加えて、コロナ封じのご利益も期待されることになるのか。ありがたく、しかし、密にならぬよう見守りたい。