[社説] 春秋(2021年4月1日)
政治学者で防衛大学校長などを務めた猪木正道さんは、1937年の春、大学を出て三菱系の金融機関に就職した。そろばんが苦手で、調査部へ異動に。日米の貿易が止まった場合の影響を研究するよう求められる。当時、日本は米国から多くのくず鉄を輸入していた。 ▼「陸海軍は活動できなくなる」との結論に上司は「決定的だ」と漏らしたそうだ。軍靴の響きが高まり、戦いの炎が上がる中、猪木さんは幼子を抱え地方へ転勤したり、ドイツの戦争継続の能力を調べさせられたりした。多感な若手社員は終戦時、日記に「わが国は全的崩壊・滅亡の一歩前に救われた」などと残している。 ▼「一身にして二生(にせい)を経(ふ)るが如(ごと)く……」。幕末から明治を生きた福沢諭吉の言葉だ。近現代の激変をくぐり抜けた人々の心の底からの実感だろう。幸いに平和な今、私たちの目の前には脱炭素やデジタル化、人工知能(AI)といった数々のキーワードが並ぶ。..